本日は欧州の商標制度の特長を説明したいと思います。
欧州の商標制度は、①各国毎の商標登録制度と、②EUTM(欧州連合商標、以前は共同体商標=CTMと言いました)と、③英国(BrexitでEUTMから離脱)の3つを理解する必要があります。
(1)かつては無審査主義国が多かった欧州
もともと欧州各国には、各国毎に独自の商標登録制度がありました(例外は、ベネルクス諸国でベネルクス統一商標法があった程度です)。各国毎の商標登録制度は今も残っています。
欧州は多様な国の集まりですので、①識別力や先行商標との関係を審査していた審査主義国、②識別力は審査するが先行商標との関係は異議待ち審査だった国、③識別力も先行商標との関係も審査しなかった国など、実に多様でした。
最近は、EUTMでの権利化が中心ですが、現在でも生産・販売地が、地域的に限定があるような商品なら、各国毎の登録制度を活用することもあります。例えば、最近も、個別にドイツ出願、フランス出願をしています。
(2)EUTMの誕生と登録までの手続
1)EUTMの考え方
欧州の一市場化を考えるときに、商標登録制度が国毎に異なると、EU域内の商品の移動の自由の障害になります。そこで、考えられたのがEUTMです。
EUTMは、各国登録制度があることを前提に、それに傘をかぶせるような制度です。すなわち、EUTMは、識別力だけはEUIPOの審査官が審査して、先行商標との関係は各国登録(やEUTM登録)を所有している当事者に異議をしてもらって、当事者で解決し、当事者が解決できないときに審査官が判断するというものです。
当時、欧州には、各国毎に重複する内容の商標権が多数あったこと、しかし、不使用商標は法的な意味がないこと、よって当事者の異議申立がなければEUTMの権利を認めていくこと(異議がなければ、重複登録もありえます)で、欧州全域に効力を有する権利を、新たに創設していくという解決方法が採用されました。
1)識別力
EUTMの識別力の判断基準は、厳しめです。理由は、加盟国すべてにおける識別力が要求されるためです。識別力なしと判断されると、EUTM登録されず、各国出願に出願を変更することになります。
2)先行商標との関係
審査官は、先行商標との関係は審査しませんが、同一および極類似の商標は調査します。
そして、①引用商標権者には出願情報を連絡し、引用商標権者には異議申立を促します。
②一方の出願人には審査レポートを送り、出願人には指定商品の削除や商標自体の変更を促します。
3)異議申立
当事者は、異議申立制度を積極的に活用することになります。異議申立では、最長で2年のCooling Off期間を設けられています。その間に当事者が自発的に和解交渉をして、指定商品を削除するなどして併存契約書を締結し異議申立を取下げるというシステムを作りました。もちろん、和解交渉が不調に終わることもあり、そのときは審査官が異議の決定をします。
EUTMでは出願した案件の15%には異議申立てがあり、そのうち75%は和解で終わると言われています。欧州では、異議申立を前提に商標制度が運用されています。
4)EUTMの活用策
現時点、欧州全域で広い権利を取得したなら、EUTMで登録を取得するのが通常です。
EUTMで商標登録を取得すると、EU加盟27ヵ国で有効な商標権が確保できます(英国もBrexit前までは、EUTMに入っていたのですが、BrexitでEUTMから独立しました)。
国毎に登録しても、一ヵ国あたりEUTMの半額程度の費用は必要なことがあるので、EUTMは予算的には破格にお得です。単純計算ですが、各国登録だけなら25万円×27カ国=675万円と、EUTMなら50万円1地域という程度の差があります。驚きの価格差です。
しかし、国が増えると、異議申立を受ける可能性もアップします。この点はトレードオフです。
なお、生産・販売国が限られているなら、各国登録の方が、異議の可能性は少ないので、各国登録でも良いという面があり、この点の判断は必要です。
(3)欧州での商標調査
異議申立があると、併存契約書での決着、異議決定、何れにしても時間がかかります。異議申立を避けるためにも、商標調査の励行が望ましいということにはなります。
商標自体がユニークなら、他人の先行商標との関係が問題になることもなく、登録になりますので、EUTMのメリットを最大限、享受できますが、同じような商標が欧州各地で併存するような商標の場合は、和解交渉に多大の労力が必要になることになります。
なお、欧州で商標調査をすると感じるのでますが、徐々にですが、最近は各国登録が引用商標として引かれることは減ってきており、EUTMの商標登録が引用商標になることが多くなっているように思います。すなわち、商標面では、徐々にEUTMが基本になってきているような気がします。
そして、ある商標を、例えばフランス、ドイツ、イタリアで、商標調査をすると、各国の弁護士が、同じEUTMと、自国の各国登録を調査するのですが、同じはずのEUTMの引用商標について、各国弁護士の評価が全く違うのです。これは、権利行使は、各国の裁判所で行うのですが、類似判断などの権利の効力の判断基準が国毎に異なることが理由とされます。
ちなみに、従来は、英国がEUTMに入っていたので、最も信頼できる商標調査は英国の代理人と思っていたのですが、Brexit以降は、そうでも無くなって来ました。
(4)欧州での商標出願
一つの戦略ですが、昔のように生産・販売国すべてで、EUTMと各国の商標調査を行うというのではなく、簡易なEUTM調査だけを行って、まずはEUTM出願して、異議申立がなく、登録されたものを使用するという考え方が、費用対効果が一番高いように思います。EUIPOがTMViewという商標調査サイトを運営しているのも、理由があるように思います。
EUTMは指定商品のチェックや識別力の審査だけなので、EUTMの審査自体は1‐2か月です。そのあとの異議申立期間が3か月です。早ければ4カ月で決着しますので、EUTMの登録を待って使用を開始するのがもっとも簡便です。
なお、マドプロでも、EUTMを指定できます。その場合は、受理完了の日本特許庁や、WIPOの国際事務局の指定商品等のチェックありますので、更に数か月必要です。
(5)ウォッチングの重要性と異議申立
EUTMでは、登録機関が先行商標との関係を審査しませんので、権利者がウォッチングをして、異議をしないと併存登録になってしまいます。ウォッチングと和解交渉は欧州での商標管理の基本となります(弊所でも、有料で、欧州を含む海外の異議のウォッチングサービスを提供しています)。
審査官が先行商標との関係を審査してくれる、日本や中国、多くのアジアの国、米国、旧英国法系の国に慣れていると、自分でウォッチングすることの重要性があまりわかりませんが、欧州の異議申立制度は、異議申立こそ商標制度の中核であり、商標制度の華であることを理解させてくれます。
(6)英国
元来、英国は独自の商標制度をもっており、Commonwelth(英連邦)諸国がそれを採用して、世界の約3分1の国・地域が、旧英国法系の商標制度ですが、現在では、英国本国はEUTMに近い制度になってしまい、旧英国法は、豪州、ニュージーランド、インド、南ア、シンガポール、香港などに継受されています。
なお、英国の指定は、マドプロで、EUTMと同時に英国を指定することが一番簡便な方法でお薦めです。
2024年9月24日
弁理士 西野吉徳