本日は中国の商標制度の特長を説明したいと思います。
日本から外国出願するとき、一番身近な国は中国です。特許行政年次報告書2024年版によると、2022年の数字ですが、日本から中国への商標出願は24,122件(中国から日本には18,882件)です。同じ2022年の日本の商標出願件数が、170,275件であることからしても、単純計算で、日本出願の7件に1件程度の割合で、中国出願がされていることがわかります。
中国は、審査主義、登録主義、先願主義であり、基本的には日本と同様な法制ですが、完全に日本と同じではなく、米国や欧州の制度を参考にしているところもあります。世界の良いものを上手く取り入れている法律といえます。
中国の経済発展に中国の商標制度が寄与した面は大きいと考えますが、中国での商標登録出願件数が非常に多くなってしまい(2021年は945万件、2022年は751.6万件、2023年は438.3万件)、その中には「使用を目的としない悪意の出願」(他者に商標権を売りつけようとする目的のものなど)が多く、国際的にも非難が高まり、中国政府も、商標制度や商標法の運用を抜本的に変えようとしているところです(2021年と2023年の比較で、半分以下になっているのは、経済不況の他、当局が厳しく「使用を目的としない悪意の出願」を排除している面もあります)。
1.基本は日本と同様
審査主義、登録主義、先願主義です。
よって、日本と同様に、商標使用の有無よりも、出願日が一日でも早い者が優先されます。
2.日本との違い
(1)出願時
①多区分出願:「多区分出願」も可能なのですが、ほとんどが「単区分出願」です。多区分でも費用メリットがないため、また、拒絶時の対応が単区分の方が簡単なためです(分割出願は部分拒絶理由通知がでたときのみ可能)。
②指定商品、指定役務:商品等の記載は、「ニース協定の表現」と「TM5の表現」が認められます。日本のように、短冊表示(上位概念表示)はできません。中国の出願人は、もともと、世界で認められている表現で出願しているので、外国出願するときには便利です。世界に出願しやすい制度運用にしている点は、中国が進んでいる点です。
本来は、商品・役務の「積極表示」も可能なのですが、近年の膨大な商標出願件数が原因で、実務的に、ニース協定とTM5の表現に、限定されていました。
③出願人名:日本語の商号は当然として、英語の商号でも商標出願できず、必ず中国語(簡体字)で記載する必要があります。日本企業では、漢字の社名の会社は日本の漢字を簡体字にした商号で出願します。カタカナやアルファベットの社名の会社は、適切な中国語を選択しないと商標出願が出来ません。現地の法律事務所でも、中国語の商号の案は考えてくれますが、本来は、「Coca-Cola」の「可口可楽」や「Canon」の「佳能」のように、音・意味ともが良い商標が望ましいので、中国のブランドの専門家に考えてもらう方法もあります。
④必要書類:委任状が必要です。包括委任状の替りに委任状のコピーが使われたりします。また、会社の場合は登記簿謄本が、個人の場合はパスポートや運転免許証のコピーが必要です。
(2)審査時
①審査期間:直接出願の場合は3-4カ月程度です(マドプロ出願の場合は、1年程度です)。直接出願の費用が安く、審査が早いので、中国だけなら直接出願もお勧めです。
②職権審査:職権で審査されます。
③審査基準:日本よりも、識別力の判断、品質誤認の判断、類似判断とも厳しく、実務感覚では世界で一番厳しいという気がします。
④出願公告制度:審査をパスした出願は3カ月間の付与前異議の対象となります。なかなか異議申立が認められない日本とは異なり、日本企業からの異議申立の勝算は高いようです。
⑤日本語の仮名、漢字:平仮名、片仮名は、基本的には図形と認識されますが、漢字で中国語(簡体字)でない場合、拒絶される可能性があります。
(3)中間処理時
①部分拒絶査定:引用商標のある部分のみ指摘するという制度があります。不服審判請求しないとその部分以外は登録になります。
②意見書の提出は原則できない:日本では、拒絶査定の前に拒絶理由通知があり、意見書を提出してダメなら拒絶査定が出て、それに対しては拒絶査定不服審判請求をします。この点、中国は拒絶理由通知や意見書の手続きが原則なく、通常は即拒絶査定です。よって、不服申立は不服審判請求(申請復審の請求)となります(その時に不使用取消を請求することが多い)。
③不服審判請求(申請復審の請求):不服申立の期間が短く15日です。委任状が必要です。
日本の意見書が中国の不服審判に該当し、日本の不服審判が中国の審決取消訴訟に該当するといわれています。日本では審決取消訴訟は滅多にやりませんが、中国では日常的に審決取消訴訟をします。訴訟ということだけで尻込みすることが無いようにしないといけません。
審判では、不使用取消請求で取消した等の状況が抜本的に変わったという証拠が必要であり、日本のように、商標非類似の反論で審査結果が覆ることは、ほとんどありません。
④不使用取消請求:以前は、不服審判で同意書の提出が有効だったのですが、今は、ほとんど認められなくなっています。よって、不使用取消請求で引用商標を取り消すことが、多くの出願人にとって、唯一の反論方法です。非常に重要な手続きであり、名目的な使用かどうかなど、争うことも多いです。
⑤同意書(共存契約書):以前は、不服審判段階で同意書の提出がされたのですが、現在は不服審判段階で認められず、審決取消訴訟では認められることもあるとされています。同意書は、国際的には一般的な制度ですが、同意書を有償で発行するなどの「使用を目的としない悪意の出願人」を助長する面もあったので、運用を厳格化したと理解しています。
3.特徴的な制度、運用
①馳名商標の認定:日本の防護標章登録制度のような登録制度ではないのですが、異議申立や無効審判、訴訟などにおいて、馳名商標と認定されることがあります。著名な商標という意味です。
②品質誤認:日本では、品質誤認を生じる商標は商標登録できないだけであり、使用することまで禁止されませんが、中国では、品質誤認で拒絶された商標は商標登録にならないだけではなく、使用してはならないという規定があります。罰則もあるようなのですが、実際に発令されたケースは聞きません。
4.まとめ
「使用を目的としない悪意の出願」を強制的に排除するため、米国のような登録後の使用宣誓の制度を導入を検討中です。案によると、登録後5年毎に使用宣誓をするという制度案でした。しかし、この大量の出願件数で、このような厳格な制度が実行できるのか議論がされています。
以前は、中国では中国語(簡体字)の商標が必須と言わていましたが、食品や酒類などでは日本語のまま輸出されることもあると思います。この点は、ケースバイケースで考える必要があります。
ジェトロが注意喚起するように、中国で展示会するなら、その前に中国で商標出願しないと第3者に商標を先取をされてしまいます。最近は、香港、台湾などで販売すると、中国で冒認出願されてしまうことが問題になっています。良い商標は、必ず中国で冒認出願されてしまうとお考えください。
事後的に、異議申立や無効審判で対応する場合は、現地で周知性や先使用が立証できず、勝てないケースがありえます。唯一の必勝策が、事前の中国出願です。日本の大企業では、日本の調査・出願の前にまず中国出願という会社もあります。日本企業としては、中国は優先順位を上げて対応する必要があります。
2024年8月26日
弁理士 西野 吉徳